2006年09月

2006年09月29日

葉山の棚田 稲刈りおわり

棚田の農家さんたちがそれぞれの田を手伝い、
稲刈りはどんどんすすんでゆきます

稲架と彼岸花。
真っ赤なヒガンバナ。秋の風景

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棚田の下から吹き抜ける風が、おいしいお米を育んでゆく

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谷戸になっている棚田では、緑の稲穂のまま育たないものもあるとのこと
早い稲刈り。今日で終了。おつかれさま。

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稲を刈る時、イナゴがびょんびょん飛んでいました
人の手を多くすることで、無農薬に変えた棚田。
生きものたちの出会いも増えるといいナと思います

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どっきりカマキリさん


at 12:33|Permalink田んぼ通信  

2006年09月27日

金木犀

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 夜、たちこめる金木犀の香り。
 金木犀があること、
 今まで気がつかなかった。

 この家のずっと前、
 かつての住人さんが植えた樹。
 春から、梅、桜、柿、キンモクセイ。
 四季をこうしてみてきたのかな。

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夏の終わり
Tシャツで、平気な時間と、真夜中のアスファルト。
バイクに乗って靄に包まれる秋の道を家路へ帰る。
肌寒さと、風に混じる金木犀の香り。
オレンジの灯りの河と金木犀が、ennuiな空気で包む。
記憶のなかのメロディ。

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桃色 紫 紅色
山吹色の金木犀

あなたがため 
あなたが好き
池ができるほどの涙
あなたがため 
あなたが好き
星の紅を口にぬった

ああ 頂だい 
愛 頂だい

金木犀の香りに 
抱かれて抱かれた日々
二度と戻らぬと承知で
あなたに恋い焦がれる

                    「金木犀」笹川美和


at 23:14|Permalinkほっこり生活 

2006年09月25日

おや?

「水俣・和光大学展」が終わった。
広ーい空っぽになった体育館。
水俣展で知ったこと、感じたこと、たくさん。
これからも学んでいきたいと思う。

水俣展が終わったその日、
元チッソ会長が亡くなった。
テレビでは、「水俣病患者の補償につとめた」みたいに言っている。
それは、雅子さまの祖父であることが大きいのだろう。
国もきっと、十分に動いているということにしたいのだろうなと感じる。

事実は違う。
とても「つとめた」とはいえない現実。
テレビの裏側。
ピースメディア塾での学びを通して感じたことが此処にも存在する。
メディアリテラシー。
メディアはほんとうを言わない。(困るねー)
そちら側の都合で多くは事が運ばれているように思う。

情報を読み、本当を知る。
受けとめるための自分のアンテナ。
自分で考えることをやめないこと。
べんきょう、していかなきゃね。
「おや?」って気付けない。


at 09:48|Permalink今おもうこと 

2006年09月24日

もやいなおし

「水俣・和光大学展」最終日。
水俣展の最後の展示は、
石牟礼道子さんが寄せた文章。

水俣展にご縁あって、参加することになって、
通う電車内で、石牟礼道子さんの「苦海浄土」を読んでいる。
石牟礼さんの文章、表現力はとても心地よい。優しい。
その人の心のうごき、生きてきた物語がみえてくるみたい。

最後の展示の写真には、
水俣の、水俣病患者の家族の団欒のときの写真。

「苦海浄土」のなかでもふれている。
胎児性水俣病の子どもを優しいまなざしで見守る父親。
となりに添う祖父。
兄弟が彼にごくごく自然に御飯を口に運ぶ夕餉がある。

あねさん、こいつば抱いてみてくだっせ。
軽うござすばい。木で造った仏さんのごたるばい。
よだれ垂れ流した仏さまじゃばって。

「苦海浄土」より 石牟礼道子 著


家族の絆。愛情。
苦しみ、いたみのなかでも、ユーモアもある。
人が人を人として思うこと。
自分のこととして思うこと。

私は長い間、しょうがいをもったみんなと一緒に過ごしてきた。
みんなに添うことで、わかったことがたくさん。
みんなのすごさを知っている。
それは知らない人には、なかなか伝わらない。なぜかな。
この家族団欒のなかで、子どもを「仏さんのごたる」というお婆の想い。
とってもシンプルな、かんじん。
向き合うことでわかりあえることがあるということじゃないかな。
みんなと過ごした日々は、笑い、泣き、怒り、悲しみ。
たくさんの感情の日々。
人と人がいるということはこういうことだ。心が動くということ。

結。ゆいまーる。
絆を紡ぐこと。
水俣には「もやいなおし」という言葉がある。

水俣の人々は、海を汚さないための生活日用品(洗剤など)を作ったり
自然とのもやしなおしを始めている。
水俣病を過去のものとせず、語り、学んでいくことで、
人と人との絆を取り戻す。
「もやいなおし」を水俣から。
人と人、あらゆる生き物、自然、海へ。
もやいなおしを言い始めたのは、
加害者チッソではなく、被害者である水俣病患者の方たちから。


水俣、広島、長崎...
今の現代の姿、未来を思うとき。
かんじんがたくさんある。

「もとのいのちにつながろぃ」 デス。


at 14:06|Permalinkminamata 

2006年09月23日

私のなかの加害者

展示は、
訴訟の道のりと、国や県や
そして水俣自身のやりとりを辿る。

たくさんの患者さんを認定してしまうと、
そのお金を出すことのできないチッソと
過去のものだという政府。この国。

水俣病の認定を求める人は、
自らの苦難を抱えつつ、話しかける。

「私たちと社長さん(チッソの社長)、何が違いますか」
「おんなじ人間ですよ」


緒方正人さんがムシロに書いた一文の写真がある。
緒方さんは認定申請の運動を先立って行ってきたけれど、
認定されたことでこの問題が終るのではないと
(また、認定されたとしてもチッソが、国が、
真に責任をとる姿勢ではないと)、申請を取り下げ、
システムではなく、「個で信を取り戻す」ために
行動を始めた。
その先のチッソの前での座り込みであり、
ムシロに書かれた「問いかけの書」があった。


 チッソの衆よ 
 この水俣病事件は 
 人が人を人と思わんごつなったそのときから はじまったバイ
 そろそろ「人間の責任」ば認むじゃなかか
 どぅーか、この「問いかけの書」にこたえてはいよ
 チッソの衆よ
 はよ帰ってこーい
 還ってこーい
 
 被害民の衆よ
 近頃は、認定制度てろん 裁判てろん
 と云うしくみの上だけの 水俣病になっとらせんか
 こらー
 国や県にとり込まれちゅうことじゃろ
 水俣病んこつは、人間の 生き方ば考えんばんとじゃった
 この海、この山に向きおうてくらすこつじゃ
 患者じゃなか
 人間ば生きとっとバイ



この問いかけはこう続く。

 世の衆よ
 この水俣に環境博ば企てる国家あり
 あまたの人々をなぶり殺しにしたその手で 
 この事件の幕引きの猿芝居を演ずる鬼人どもじゃ
 世の衆よ この事態もまた知らんふりをするか


そして、緒方さんは、自らの感情を抱えながら、こうも言うのだ。

「自分がもしチッソの社員であったら、そのシステムのなかにいたら、
チッソがしたことと同じことをしただろう。従っただろう」

この四十年の暮らし。豊かさに駆り立てられた時代
チッソのような化学工場が作った材料で作られたモノが、
家の中にもたくさんある
私たちはまさに、チッソ的な社会の中にいると思うんです
ですから、水俣病事件に限定すれば
チッソという会社に責任がありますけれども、
時代のなかではすでに私たちも「もう一人のチッソ」なのです。


「チッソは私であった」緒方正人 著(葦書房)より

肉親を水俣病で亡くし、自らも申請訴訟運動を長年行い、
人生を、病と、加害者チッソと、
国からも翻弄された(上手く言葉で表現できません...)
「自分」が、「チッソは自分だ」という。

なんてことだ...と思う。そのすごさを思う。

水俣病の患者さんたちの言う、
「おんなじ人間だ」ということ。
環境汚染、自然破壊、戦争、貧困...
世界で起きている沢山の不しあわせは、
すべて、そう
「人が人を人と思わんごつなったそのときから」始まるのだと思う。
すべて、繋がっている。
自分にも繋がっている。

水俣病の患者さんの多くは漁民。
美しい海と、海の幸(しあわせ)に感謝し、祈りを捧げてきた人たちだ。

私たちの暮らしは豊かで、モノに溢れて、
確かにきっとチッソの作ったものに生活を支えられている。
だけど、
それが、本当のこころの豊かさを運ぶものなのかどうか、
ちゃんと、知り、考え、行動していきたいと思う。

水俣展での書籍販売。
じつに多くの水俣病に関する書籍があることに驚く。
それだけ、水俣には、人間にとっての「かんじん」があるのだと思う。

「水俣学」という学問がある。
それは、きっと生命を大切にする学問。
それは、生命とは人だけではない、あらゆる生き物の環の絆。


at 15:25|Permalinkminamata