2004年07月

2004年07月30日

行く水

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Sarangkot(サランコット)
アンナプルナ連峰の夜明け。
神々の住む国ネパール。
その昔、アフリカから離れたインド大陸が、
ぶつかりこの山々を創った。
海の底から生まれてきた国。
古から、山は神宿るものとして崇められてきた。
麓の家々がみえる。
人は大いなる神のもと、
感謝をもって暮らしている。
雲が動き、Machhapuchhare(マチャプチャレ)が
荘厳な姿をみせてくれた。

Pashupatinath(パシュパティナート)。
あの煙は人が還ってゆく煙。

 その
 息は、空気
 骨は、石
 脂肪は、雪
 血は、水
 灰は、土となる

母なるガンジスへと続くバグマティ川。
その川を挟んだ向こう岸の火葬台。
神様の贈り物である水を含んだ藁が
口に入れられ、
口から火を。
人間の気持ちを、わかった気持ちを、
良いことを話し、神様をよぶ。口。
だからなんでもかんでも言ったらいけない。
いちばん大切なところ、口。

私も還る。
還るまで、大切に今を生きよう。


photo / Machhapuchhare(マチャプチャレ) 魚の尾ひれ




at 21:33|PermalinkNepal  

2004年07月29日

私にできること

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ハンディキャップを抱える子どもたちと共に生きる
日本人の神父さまがいる。
子どもたちは、日本の皆とかわらない明るさで。
小さなイザコザも微笑ましい。
神父さまの前で歌う「故郷」は、
ほんとうにたまらなかった。
神父さまの心のなかでどう響いているのだろう。
「神の御心のままに」神父さまは話された。
それは、他が為だけではなくて
自分自身の為であり。
子どもたちもまた、
自分に胸を張って生きてほしいと。

タシリン チベット村。国を追われて暮らす人々。
絨毯を織る視線の先にダライラマ14世のポスター。
いつかは自国に帰れることを...
自分の国から離れて暮らす人々の想いを...

カーストののこるネパール。
一番下層と云われる御家庭を訪問する。
たくさんの子ども達に囲まれながら。
どんなふうに受けとめたらいいのだろう。

夕方のチベット村の庭に一本の菩提樹。
トンボがたくさん飛んでいて、
風に乗って菩提樹の葉が舞う。
この景色をみながら思った。
私に何ができるだろう。
祈りのflag、風に揺れてた。


photo / 菩提樹 prayer flags


大木神父様 ポカラの会




at 00:30|PermalinkNepal  

2004年07月28日

心の鏡

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「ネパールは土壁の家がいっぱいあるよ。」
そう聞いていた。
この間、自分たちの手で作ったストローベイルハウスを
おもう。

カトマンズからポカラまでの道のりは、
日本の原風景のよう。
バスの窓からみえる家々の、
土壁のかまどの緩やかなカーブが美しい。
段々になった田んぼの縁には大豆の苗木。
大いなる川、流れゆく水。
ときに優しく、ときに激しく。

Pokhara(ポカラ)の街は、平らな田んぼ。
水牛のお出迎え。

Phewa Tal(フェワ・タール)
穏やかな湖畔、水の上の紫の花。
晴れ渡る日には、アンナプルナ連峰の水鏡。
こんなふうに過ごせたら、
日がな心地よいだろう。
ヒッピーの気持ちもわかる(笑)。
湖に浮かぶ島に、バラヒ寺院は在る。

ギータさんは言う、
「ヒンドゥー教も仏教も様々な宗教も、
祈りの先はおんなじです。」

この地球への祈りなら、自分への誓いなら、
私も祈ろう。
はじめて
心よりのお祈りをしました。



photo / 段々田んぼ




at 23:08|PermalinkNepal  

2004年07月27日

其処に在る山

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カトマンズ盆地の外れのリゾート村、
Nagarkot(ナガルコット)。
あの雲の向こうヒマラヤは在る。
見下ろすあの家の向こうは雲の通い路。
段々の田畑、山の裾には川が流れる。
サアーッと涼しい霧が身を包む。
霧の向こうに子どもの笑い声。
ゆっくり歩く黒い馬。
山はちゃんと其処に在る。それが嬉しかった。

Bhaktapur(バクタプル)。
レンガの街並。
細かな美しい彫刻。
雨を受け、長い時間をかけ
屋根の上には、草が生え、苔を張り。
お疲れ犬たちは寝そべって。
子どもたちの目。人々が語り過ごす。
貴重な建築物も生活の一部。

陶工広場。
おんなじ陶器が沢山並ぶ。
帰ったらみんなにみせてあげよう。
さんざるも一緒だね。
遠くの皆を思い浮べる。

カトマンズの夜。
街の灯り、降りだした雨。
日本の蕎麦の味。
カエルの大合唱。
うれしかった。



photo / Nagarkot(ナガルコット)




at 21:19|PermalinkNepal  

2004年07月26日

prayer 祈り

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丘の頂上、
大きな白い球体の土台の上に金色の四角柱。
その中央に高くそびえ立つ仏塔(Stupa)。
四角柱にはブッダの目。
ブッダはすべてをみている。
クエスチョンのような鼻は、「和」。
両目の上には、第3の目。
ストゥーパの周りには祈りを捧げるマニ車。
右回りに巡回していく人々。
ヒンドゥー教と仏教と。
過去には争いそして、
絶えず混ざり合ってきたという事実。

人で賑わうレンガの広場にその館は在る。
生き神クマリ。
数秒間姿を現わしたその少女は、
微笑むことも禁じられ、
その姿を消してった。

イスタンブールのブルーモスクの中でも思っていたこと、
「祈り」ってなんだろう...
祈ることはどういうことだろう...
ストゥーパの尖塔につながれて風にはためく
赤、青、黄、緑に白の
prayer flags(プレイヤーフラッグ 経文旗)を
見上げながら思っていた。

雨季の雨を浴び、マニ車に触れながら、
なんとなくわかったことは

かみさまはすべてをみている、ということ。
すべてのものがかみさまだということ。



photo / Bodhnath(ボウダナート)




at 11:22|PermalinkNepal